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自主研究

「調理感」とは何か
曖昧な感覚の構成要素を分析・検証した
寝かせたカレーは調理感が強い

「食」を科学する株式会社味香り戦略研究所(本社:東京都中央区、代表取締役社長:小柳道啓、以下「味香り戦略研究所」)は、人が食品に感じる「調理感」について、その構成要素を検証した。

今回の検証において、味香り戦略研究所では、食材が適切に調理されることで「おいしさに関わる五感の要素」が良い方向に変化することを「調理感」と仮定した。特に味・におい・食感の変化が「調理感」に大きく寄与すると考えている。「調理感」とは複合的で非常に広い概念であり、多様な要素によって構成されていると考えられる(図1)。検証では、味覚センサ等を用いた機器分析と官能評価を行った。

【図1】調理感の概念図

料理における調理感は、使用する食材や、炒める・煮る等の調理方法、その調理に費やす時間等の条件が複雑に絡み合うことでさまざまな変化が生じる。料理における「調理強度」にはそれぞれに最適な状態があると推察され、さらに個人の食の嗜好性によっても求められる調理感は異なると考えられる。

調理を行うことで生じる、味・におい・食感等の変化の大きさを調理強度と仮定した。
 調理に要した時間や加熱の強さ等に影響を受ける。

今回の検証では、構成要素が比較的多いカレーを対象とした。カレーは肉・野菜・調味料・油等のさまざまな食材を使用して、炒める・煮る・寝かせるといった複数の調理条件を含む。特に、「寝かせる」という調理は時間を必要とし、変化を捉えやすい料理である。

サマリー
〇作りたてよりも寝かせたカレーの方が人の感じる「調理感」が強くなる。
〇カレーは、寝かせることで濃厚かつまろやかでコクのある味わいに変化する。
〇においは控えめになり、複雑さが減少するが、コクに寄与する香気成分は増加する。
〇分析の結果から、カレーにおいては、味については「スパイス感」「辛味」「酸味」「味の濃さ」「うま味」「コク」「甘味」が、においについては食材由来の香気成分、スパイス・ハーブ様の香気成分の変化が調理感の構成要素となることが示唆された。

現代の忙しい生活の中で、「食事に時間や手間をかけたくない」というニーズが多くの人にある。時間や手間をかけない料理は食事作りに対してポジティブな感情を抱かせ、調理をする人の気分を盛り上げると言われている1)
料理に関する意識・態度の調査でも、料理を簡便化できる食品や調味料を使いたい人の割合が増えており2)、今後も「時間や手間をかけずおいしいものが食べたい」というニーズの高まりが予想されることから、食品企業には時間や手間をかけずに「丁寧に調理したおいしさ」を実現できる商品が期待される。これは、言い換えると「調理感」が求められると言えるのではないだろうか。

【図2】株式会社クロス・マーケティング「CORE(生活者総合ライフスタイル調査)」より作図

■実験設計

測定サンプルには、市販のルウを表記通りに調理したカレーを用いた。

作成したカレーを「1日目」(出来立て)とし、「2日目」(1晩寝かせた状態)、「3日目」(2晩寝かせた状態)の調理強度が異なる3条件を用意した。2日目および3日目のサンプルは、実際の喫食時の状態を再現するため、測定前に再度加温した。
味・においの分析と官能評価を行い、味やにおいの変化を確認した。

サンプルは、1日目を基準として2日目、3日目を評価した。
官能評価では2日目、3日目と寝かせた時間が長いカレーの方が調理感が強いという結果であったことから、1日目と2日目、3日目の味わいの変化を分析し、カレーの「調理感」を構成する要素を検証する。

【図3】官能評価によるカレーの調理感の評価結果

2日目のカレーの変化

【図4】官能評価の結果-2日目
【図5】味覚センサによる分析結果-2日目

【図6】カレーの香気成分の変化-2日目
(左)食材由来の香気成分の合計(右)スパイス・ハーブ様の香気成分の合計

1晩寝かせた2日目のカレーは、うま味や濃厚さ・味の濃さが強くなり、酸味やスパイス感が控えめになっていることと合わせて、まろやかで濃く、さらにコクのある味わいに変化したと考えられる。

においでは、特に玉ねぎや人参、豚肉等の食材由来の香気成分とスパイス・ハーブ様の香気成分が減少していたことから、全体的なにおいが弱まったと推察される。

2日目のカレーは1日目に比べ、味・におい双方のスパイス感が減少し、さらに辛味も減少していることから、全体的に穏やかで濃い味わいに変化したと考えられる。

3日目のカレーの変化

【図7】官能評価の結果-3日目
【図8】味覚センサによる分析結果-3日目

【図9】カレーの香気成分の変化-3日目
(左)食材由来の香気成分の合計(右)スパイス・ハーブ様の香気成分の合計

3日目では、香気成分がより大きく変化する結果となった。特に食材由来の香気成分は9割以上減少したが、スパイス・ハーブ様の香気成分は5割程度にとどまっており、スパイスの香りは減っているものの、3日目であっても残っているものと推測できる。

また、3日目のカレーには、1日目や2日目には見られなかった、甘い焦げ臭を有する「Pyrazine, tetramethyl-」が検出された。ピラジン類は、コクに寄与する成分として知られている3)。3日目のカレーは味にも明確な変化があり、特に味の濃さは大多数の人が認識できるほどであり、においの変化もあいまって、濃厚でコク深い味わいになっていると考えられる。

まとめと考察

カレーにおける調理感について、分析の結果からその要素は下記のように示唆された。

「スパイス感」「辛味」「酸味」が控えめで、「味の濃さ」「うま味」「コク」「甘味」が強い

におい

全体的なにおいと、食材由来の香気成分、スパイス・ハーブ様の香気成分が控えめで、コクに寄与する成分(今回はピラジン類)が生成される

カレーは寝かせる・再加温する調理を繰り返すことで調理感が強まるという結果であった。調理強度を上げることで作りたてのカレーのとがった風味がなじみ、まろやかさとコクのある円熟した味わいに変化したと推察される。

今回の分析において、3日目のカレーのまろやかでコクのある味わいは食べ慣れた安心感を与えると考えられる。「食べ慣れた」や「なじみのある味(食べ親しんだ味)」という要素は、調理を行う際に気分を高揚させると言われており、食事の満足度とも相関があるようだ1)

今後の展望

今回の検証では、カレーにおける調理感を分析・考察した。「調理感」は非常に曖昧な言葉であるが、味分析やにおい分析、官能評価を行うことで、カレーの調理感を構成する要素を明らかにすることができた。今後「調理感」をさらに解明するため、他の調理条件を含む料理でも検証を行いたいと考えている。

調理感の要素を分析し、追究することで、時間や手間をかけずに「丁寧に調理したおいしさ」を実現する食品や調理家電を開発することも可能になるのではないだろうか。おいしさは各個人の感覚によって判断されるため、調理感を食のパーソナライズの項目のひとつとして捉えれば、おいしさをさらに豊かにすることができるかもしれない。

また、今回のようにさまざまな分析手法を用いることで「調理感」以外にも「本物感」や「やみつき感」のような曖昧な感覚を構成する要素について明らかにできるのではないかと考えている。味香り戦略研究所は引き続き食にまつわる感性の分析を行い、客観的な評価の実現に取り組んでいく。

今回の実験は空調管理された実験ラボで実施しています。カレーの保存状況によっては、特に夏場の暑い時期は細菌が増えやすく、食中毒の恐れもあるため、食事に際しては十分注意してください。

引用

  1. 枝窪美波、南裕子、原田楓子、久徳康史、檀一平太
    調理分高揚尺度の作成と信頼性・妥当性の検証―料理のこと消費定量化に向けて―
    日本感性工学会論文誌 Vol.19 No.1 pp.19-27(2020)
  2. 株式会社クロス・マーケティング:「料理に対する意識が変わってきた|キーワードは「タイパ」」https://www.cross-m.co.jp/column/marketing/mkc20231208/
  3. 早瀬文孝、高萩康、渡辺寛人 調味液の加熱香気成分とコク寄与成分の解析 日本食品科学工学会 60巻2号p59-71(2013年2月)

味香り戦略研究所について

「食」を科学する株式会社味香り戦略研究所では、味・香り・食感等の「おいしさ」の可視化技術を活用し、相対評価で捉えられていた感性数値を客観化して、評価基準、尺度としての活用を可能にしました。設立以来、食品のデータ化を続け、現在では12万件を超える食品の味覚データベースを構築しています。これを基に、食品の開発や品質管理、市場調査、海外マーケットに向けた味のカスタマイズ等、食にまつわるさまざまな課題にデータを活用するフードデジタルソリューションサービスを提供しています。

【会社概要】
株式会社 味香り戦略研究所【https://mikaku.jp/】
本社所在地:東京都中央区新川1-17-24 NMF茅場町ビル8F
代表取締役社長:小柳 道啓
設立年:2004年9月
事業内容:フードデジタルソリューション事業

本件に関する問い合わせ先

味香り戦略研究所 コンサルティング事業部(担当:髙橋(里))
TEL 03-5542-3850 / お問い合わせフォーム