「食」を科学する株式会社味香り戦略研究所(本社:東京都中央区、代表取締役社長:小柳道啓、以下「味香り戦略研究所」)は、このたび、東南アジア地域を対象として、各国の日常を考慮し、食卓に並ぶ機会が多いスープの味・においの分析結果から味わいの傾向を見出し、東南アジア地域の嗜好性の調査を行った。味・においを数値化した感性データを活用して市場を分析することで海外マーケットなどの未知の市場を数値で捉え、海外輸出の際に、商品開発、マーケティング、販売戦略に役立てることができる。
サマリー
〇味では、塩味、酸味、辛みのバランスの違いが顕著であった。
〇香りの要素に地域差があり、東南アジアの嗜好に香りの影響が大きいことが示唆された。
・島国のインドネシア・フィリピンではヨーロッパ由来のハーブの香りが強い
・大陸地続きの国では、アジア原産のハーブの香りが強い
〇データを活用して市場を知ることで、開発工数の短縮や負担軽減、市場の開拓など、海外進出における課題の解決が期待できる。
〇今回の調査手法は直接現地の調査が難しい場合にも有用であると言える。
■広がる食マーケット
味香り戦略研究所は、設立以来積み重ねた12万件超の味データからなる食品の味覚データベースを保有している。この味データから味の好みを推定する独自のロジックを開発し嗜好性診断サービスとして提供しているが、本サービスで得られる嗜好性データは日本に限られている。今日では食マーケットは地理的に広がり、日本の食産業における海外マーケットの需要が高まっていることから、このたび、海外の嗜好性調査を実施した。
食嗜好は、食文化を背景に、個人の食経験や日常の食事習慣によって形成される。今回は東南アジア地域に限定して、各国で日常的に食されているスープの味・においのデータから国ごとの嗜好を推察した。さらに、現地で販売されている商品の味を分析し、推察した嗜好の検証を行った。
今回実施した調査について
■東南アジア各国のスープの味・におい分析
日常的に食べられているスープを分析し、各国の嗜好を推察した。
・サンプル:8か国のスープを専門店より調達
・分析内容:味覚センサによる味分析
GCMSによる香気成分分析
官能評価(専門家パネルN=5)
■現地インスタント麺の味わいとスープ嗜好性の一致性
現地で販売されているインスタント麺を分析し、推察した嗜好との一致性を検証した。
・サンプル:日本国内で入手可能な即席麺(タイ16品、ベトナム7品、韓国3品)
・分析内容:味覚センサによる味分析
官能評価(専門家パネルN=5)
■東南アジア各国のスープの味・におい分析
味覚センサ(味測定)・GCMS(におい測定)・官能評価を行い、複合的にスープの味わいを分析した。対象とした国とスープは以下の通りである。
●香り成分からみる嗜好傾向
GCMSを用いて、各スープの香気成分を測定した。検出結果をクラスター解析によって分類した結果、大きく4つに分類された(図1)。検出化合物に対する官能表現は文献1)を参考にした。
ベトナム、シンガポール、タイ、ラオスといった大陸続きの国々では、citralやbeta-Caryophylleneなど、アジア原産の生姜、胡椒といった香辛料由来の成分が多くみられた。一方で、島国であるインドネシア、フィリピンのスープでは、myrcene、terpineneなどタイム、パセリといったヨーロッパ由来の爽やかなハーブの香りの成分が多く含まれていた。
マレーシアのスープは、trans-anetholeやeugenolが多いことから、アニス、クローブといった生薬系の香りが強く、中華料理の影響も考えられる。
地理的・気候的に異なる韓国のスープでは、allyl methyl sulfideなどニンニク由来と考えられる成分が多く、ニンニクを多用する韓国料理の特徴が反映された。
インドネシア、フィリピンの島国と、大陸続きの国々のスープでは香りに違いがみられた。島国では海上交易が盛んだった時代に西洋から伝来したハーブの影響を受けていると考えられる一方で、陸続きの地域では中国・インドといった大国から伝わったハーブも多く定着したのだろう。地理的要因によって食の伝播が異なり、地域ごとの嗜好に影響を与えていると考えられる。
●味データから見る嗜好傾向
次に、味覚センサによって味のバランスを測定した。(図3)
各国のスープの特徴として、タイ・フィリピンは酸味、塩味が強いはっきりとした輪郭を持ち、マレーシア、シンガポールでは苦味・コクやうま味が強く、ベトナムはうま味があるが塩味が抑えられた味と言える。
また、今回比較したスープはいずれも辛みがあるため、辛みについて官能による評価を行った。(図4)
辛みに関しては、タイ、ラオス、インドネシア、および韓国で特に強く、マレーシア、シンガポール、ベトナムは比較的穏やかな辛みが特徴的である。
味・においの分析から見出した各国のスープの味の特徴は表2の通りである。スープは日常的に食べられているものであり、辛みを含めたこれらの味わいは、各国の慣れ親しんだ味とも言えよう。嗜好には「慣れ」も重要な要素であり、食環境の変化により「慣れ」も変わり、嗜好も変化するものと考えている。よって、このスープの味が大枠での各国の嗜好だと推察した。
次に、現地で販売されているインスタント麺の味わいを分析し、スープから推察された各国の嗜好と照らし合わせた。
■現地インスタント麺の味わいとスープ嗜好性の一致性
インスタント麺の分析結果を以下に示す。タイの商品は辛みと酸味が強く、ベトナムの商品はそれに比べ辛みが抑えられ、うま味の強い傾向がみられた。また、韓国の商品は辛みの強さが特徴的であった。これらの特徴はスープの味わいからみた嗜好特徴と一致しており、現地で販売されている商品がその国の嗜好性を反映した設計になっていることが確認できた。
一方で、タイ商品の塩味・濃さは他の国と大きな差はなく、スープの分析から推察した「塩味が強いはっきりとした味」と一致しなかった。ただし、タイでは食文化として、卓上に置かれた調味料(ナンプラ(魚醤)、食酢、唐辛子みそ、はちみつなど)で自分の好みに調味して食べることも多いようだ2)。それを考慮すると、商品そのものと喫食時の塩味は異なっていることも考えられる。
また、日本の商品(カップヌードル)に比べると、海外の商品は全体的に塩味が控えめで、辛みが強い傾向にあった。一般的には、塩気の強いものは味を濃く感じるが、今回行った官能評価では辛みの強いものを味が濃いと感じる傾向となった(図6)。カプサイシンによって塩味をはじめとした味覚閾値が下がるとの研究もあり3)、辛みが味覚を刺激して味わいを増強しているのかもしれない。
■食産業における味データの有用性
今回の調査では、東南アジアのスープを分析したデータから各国の嗜好を推察し、さらに各国で販売されている加工食品の分析データと比較した結果、各国の嗜好を知るために有効であることが確認できた。インスタント麺であっても、海外商品は日本商品とは異なる味わいの特徴を持つことから、日本で好まれる味と海外で好まれる味は異なっていると考えられる。そのため、海外市場をターゲットとする場合には、市場に合わせた商品開発や、商品が合う市場を発掘するマーケティングなどに活用できると考えている。
味やおいしさは各個人の感覚によるものであり、主観的に表現されるが、センサによる味分析では味を数値化し客観的に測ることができる。特に海外の味など、日本人が食べ慣れていないことで表現が難しい味を明確に把握でき、目指すべき味が具体的になることで試作回数を減らせるなど食品の開発工数の短縮や負担軽減が期待できる。
味データは、データとして柔軟に活用できる。商品そのものを分析した味データを俯瞰的に見ることで市場の分析を行ったり、さらに、売上規模等のマーケットデータと掛け合わせることで味のトレンドを把握したり、デモグラフィックデータと組み合わせて特定のセグメントにおける人気の味を探ることもできる。嗜好性データはヒトを分析するデータであり、従来のマーケティングデータと掛け合わせることで、ヒトの集団で構成される消費市場を多角的に分析するための幅広い活用が可能となる。
■海外マーケットでの味データ活用の展望と海外版味覚データベース
海外マーケットへの参入には、各国の規制や商習慣の違いといった障壁が存在するが、それらを乗り越えた先に待ち受けるのが嗜好性の違いによって生じる味の評価のギャップである。嗜好性は食文化や普段の食事によって形成され、「おいしい」とされる味には地域差があるが、各地で求められる味わいを把握することは重要でありながら難しいことでもある。今回の分析では、海外に赴くことなく、日本国内で調査を完結させることも実現し、現地調査が難しい場合にも有用な手法となることを目指している。
農林水産省の発表によると、2023年の食品輸出額は1兆4541億円と過去最高を記録し、今後の目標として2030年までに農林水産物・食品の輸出額を5兆円としている。海外市場の中でも東南アジアへの輸出実績は増加傾向にあり、今後も成長が見込まれることから(図8)、今回は東南アジアに焦点を絞って分析を行った。味香り戦略研究所は今後、日本以外の国の味データの収集・蓄積を進め、将来的には海外版味覚データベースの構築も視野に入れ、食品の海外輸出をデータによって支援する。このような新しい展開も含め、多様な味データの活用提案を行うことで、食品業界における味のDXを推進していきたい。
■変化が予想される日本の嗜好性
食マーケットの拡大によって市場に海外の味が流入し、現代日本では世界各国の料理を味わうことが可能となり、食の選択肢が広がっている。食経験の変化は食嗜好に影響を与え、日本人に特徴的とされる「うま味」の嗜好も今後変化していく可能性が考えられる。さらに、気候変動によって気温が上昇し、近年の日本の夏は熱帯地域と変わらない気温水準となっていることから、東南アジア地域の調査で明らかになった味にインパクトを与える「辛み」の役割が、今後日本でも注目されるのではないかという予想もできる。しかし、日本は熱帯気候とは異なり季節の変化があるため、単純に同質化が進むとは断定できず、今回行ったような調査を引き続き実施し、データを蓄積することが必要である。
食文化・食嗜好の変化は一朝一夕には表れないため、長期的な観察が必要であり、変化をデータとして記録することで詳細な経過の観測から将来の予測に活かすことができる。味香り戦略研究所はフードテックシンクタンクとして、モノ情報である味・においなどのデータと、ヒト情報である嗜好性データの分析・蓄積を引き続き行い、それらのデータを活用した新たな価値の創出に向けて探究を深めていく。
■嗜好性診断とは
味香り戦略研究所は、2004年の設立以来、「おいしさ」の構成要素である味・におい・食感の数値化・見える化に取り組んできた。食における「おいしさ」は多様な要素が複雑に組み合わさって個人の主観によって決定されるものであり、科学的に判定することは難しいとされてきたが、味香り戦略研究所では、12万件超の味覚データベースから独自のアンケートプログラムと嗜好性診断ロジックを確立することで、世界で初めて個人の「おいしさ」である味の嗜好性を科学的に示すことを可能にした。
[関連リリース]2023年7月13日発表
味の好みが手軽にわかる診断サービス「コレスキ」を提供開始
企業のマーケティング・商品開発での嗜好性データ活用を支援
https://mikaku.jp/news/2023/8453/
参考
- 日本香料協会編 :( 2020),“[ 食べ物 ] 香り百科事典(新装版)”,朝倉書店.
- 下村 道子, 高橋 ユリア, 上部 光子. タイ王国北部における料理の特徴. 日本調理科学会誌. 1997,30(2), p.152-160 https://doi.org/10.11402/cookeryscience1995.30.2_152
- Han, P., Müller, L. & Hummel, T. Peri-threshold Trigeminal Stimulation with Capsaicin Increases Taste Sensitivity in Humans. Chem. Percept. 15, 1–7 (2022). https://doi.org/10.1007/s12078-021-09285-4
味香り戦略研究所について
「食」を科学する株式会社味香り戦略研究所では、味・香り・食感等の「おいしさ」の可視化技術を活用し、相対評価で捉えられていた感性数値を客観化して、評価基準、尺度としての活用を可能にした。設立以来、食品のデータ化を続け、現在では12万件を超える食品の味覚データベースを構築している。これを基に、食品の開発や品質管理、市場調査、海外マーケットに向けた味のカスタマイズ等、食にまつわるさまざまな課題にデータを活用するフードデジタルソリューションサービスを提供している。
【会社概要】
株式会社 味香り戦略研究所【https://mikaku.jp/】
本社所在地:東京都中央区新川1-17-24 NMF茅場町ビル8F
代表取締役社長:小柳 道啓
設立年:2004年9月
事業内容:フードデジタルソリューション事業
本件に関する問い合わせ先
味香り戦略研究所 コンサルティング事業部
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